おかしなことだらけ!交通事故にまつわる5つの理不尽

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交通事故は道路を利用する者にとって、最悪の事態です。不幸にも命を落とす人が毎年5000人前後もいます。医療事故死が5000人もいたら大問題になると思いますが、どういうわけかマスコミも騒ぎませんね。

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事故でも点数なし?

私自身は2回事故に遭っています。どちらもこちらには一切の違反も注意不足もなく、完全な被害者となりましたが、実際には相手の運転手は免停にすらなっていません。

1件目はバイクで信号待ちをしていたらタクシーに追突されて吹っ飛びました。赤信号で停まっていて、右手と右足でブレーキをかけ、左足をついて習慣的にバックミラーを見ていました。するとタクシーが減速する様子もなく近付いてきました。まさか停まらないとは思いませんでしたが、本能的に危険を感じてブレーキを離しました。中央分離帯のある横断歩道のみの信号だったので、前に吹っ飛んでも他車にハネられる二次災害の恐れはなく、付近に歩行者もいなかったからです。

タクシーは私に気付いて急ブレーキをかけましたが間に合わず、私とバイクは右前方に吹っ飛ばされ、私の体はバイクからも飛ばされて地面に投げ出されました。受身が取れたので衝撃は受け流すことができ、すぐにタクシーの運転手を捕まえて警察を呼びました。

示談に応じて人身扱いにはせず、バイクの修理費+多少の慰謝料をもらって終了です。

さて、タクシーの運転手は安全運転義務違反を取られたでしょうか?一歩間違えればもっと大怪我していたかもしれませんし、実際に事故が起きたのですが、物損事故では反則点すら付加されず、無罪放免だったのではないでしょうか?

事故は防げたのでしょうか?

事故の原因はタクシーのわき見運転ですが、制限速度内での走行に見えたし、結果的にタクシーは横断歩道手前で停車しましたから信号無視でもないです。では、一体どうすれば事故が防げたのでしょうか?前方不注意のみの検挙というのは見たことがありませんが、普段からネズミ捕りや一時不停止を隠れて取り締まっていれば私は事故に遭わずに済みましたか?

2件目は高速上でした。混んでいたので速度超過はせず、夜間だったのでハイビームにしてバイクを走らせていました。

突然左側の10tトラックが車線変更をしてきて私の進路を塞ぎました。私の左にはまだ荷台部があり左にはかわせません。クラクションを鳴らしながらブレーキをかけましたが、後の別のトラックが迫ってきています。バイクの方が軽くて制動距離が短いのでこのままでは追突されます。

車なら追突されても怪我で済むかもしれませんが、バイクは死に直結します。私は全身に本能的な死の恐怖を感じました。

ちょうど右側に分岐があり(首都高です)緊急回避でそちらにハンドルを切りましたが間に合わず、分岐のパイロンに前輪が引っ掛かって転倒しました。

制限速度とはいえ40km/h程度は出ていました。今回は受け身も取れずに叩き付けられ、ヘルメットを擦りながらバウンドした私の頭のすぐ上を、2台後のトラックが通過しました。走っているトラックの下回りを見たのは初めてです(笑)

すぐに起き上がったら右足が折れていて転びました。右腕は粉砕骨折で骨が粉々になりました。這いつくばって分離帯に逃げ込み、停まってくれた人に救急車を呼んでもらいました。

寝たまま呻いていたら救急車より先にパトカーが来ました。警官は「大丈夫?」の一言もなく「免許証出せる?」と訊いてきました。教習所で習う応急救護を警察がやる義務はないようです。私は「出せるかボケ!」と言いました。

で、7時間半のオペ+1ヶ月半の入院。完全に運動が出来るようになったのは2年後です。さて、進路妨害をしたトラックの運転手は逮捕されましたか?

私は現場でも「トラックに進路を塞がれ逃げ場がなかった」と言いましたが、警官は「バイクに接触した後がないから単独事故だ」と言いました。

では、私はどうすれば事故を防げたのでしょうか?警察の普段の取締りはこのような事故を防ぐ効果があるのでしょうか?確かに後続のトラックの車間不保持はあるでしょうが、こちらがバイクではそれもかわさなくては命に関わり、かわしてしまえば人身事故にはなりません。

これでもまだ、私は法の不備や取締りの非効率性を批判してはいけないのでしょうか?

何かの調査で「一つの重大事故の前には十倍の(ここはうろ覚え)軽微な事故があり、その前には百倍のヒヤリハットがある」と聞きました。警察のマンパワーが限られているなら、このヒヤリハットを検挙すべきですし、重大な事故にはそれに応じた責任を問うべきです。

しかし実際には事故が起きても怪我がなければ免停にすらならず、警察の検挙は「ヒヤリともハッともしない安全な運転だから皆がする外形上の違反」ばかりですね。で、タクシーの急ブレーキなどで原付がやられかけても白バイは見向きもしませんし、事故処理に来た警官は応急救護も犯人の追跡もせずに「免許証出せる?」です。警察シンパがこんな警察を擁護する論理が想像もつきません。

交通事故の本当の原因

事故の要因は技能注意力判断力の低い者にまで免許を与えている公安委員会と、事故に繋がる違反には見向きもしない警察の不作為にあります。

事実、交通事故原因のトップ3は「わき見運転、漫然運転、その他」です。

交通三悪と呼ばれる「無免許、飲酒、速度超過」が原因の事故はそれほど多くありません。それどころか、ガードレールのある場所で歩行者が飛び出してきたというような避けようもない事故が相当数あるのです。しかし、歩行者が事故死してしまえばドライバーは逮捕され、運が悪ければ交通刑務所に服役する事になります。「弱者保護」という耳障りだけは良い主張で歩行者側の責任を問わずに来た結果、日本では歩行者ほど事故に気を付けないという危険な国になってしまいました。これでは事故が減らないのは当然です。

そもそも、警察の取締りによって事故は減っているのでしょうか?統計資料を見てみましょう。

交通事故発生件数・死傷者数の推移

昭和51年頃から平成12年頃までは継続して交通事故数が増えています。死亡者数だけは平成4年頃のピークから減少に転じていますが、入れ違いで負傷者数が増えています。これはどういうことでしょうか?

その答えは「交通事故死亡者数とは、事故後24時間以内に死亡した者のみをカウントする」というルールにあります。

ABS搭載車の増加や衝突安全ボディなどの開発によって、事故時に被害者が受けるダメージが低減してきています。今までなら死んでいた被害者が怪我で済むようになったという側面があるということです。

また、緊急医療技術の発達によって、24時間以内に死亡する者が減りました。即死でなければ24時間程度は延命させる事が可能になったということです。

しかし、どちらも警察の努力や取締りとは無関係のものであり、現に交通事故数は増え続けたのです。

この間にも警察は積極的に検挙を続けています。他の記事にも書いてあるデータですが、取締り件数の推移を見てみましょう。

取締り件数の推移

取締件数   送検数    反則金を支払った人の数
1989   8,474,055   1,009,369    7,464,686
1990   9,040,369   1,056,419    7,983,950
1991   9,264,950   1,052,357    8,212,593
1992   8,846,233   1,060,621    7,785,612
1993   8,600,922   1,076,238    7,524,684
1994   8,653,881   1,020,534    7,633,347
1995   8,362,792    920,001    7,442,791
1996   8,666,385    962,207    7,704,178
1997   8,965,413    997,122    7,968,291
1998   9,000,102    979,376    8,020,726
1999   8,953,560    986,096    7,967,464
2000   7,882,785    874,836    7,007,949
2001   7,774,398    859,287    6,915,111
2002   7,791,587    832,330    6,959,257
2003   8,106,728    770,920    7,335,808
2004   8,505,919    749,770    7,756,149
2005   8,939,678    718,253    8,221,425
2006   8,573,609    685,207    7,888,402
2007   8,480,056    597,300    7,882,756
2008   8,175,691    512,500    7,663,191
2009   8,345,760    464,354    7,881,406

警察が事故防止をしない理由

このデータとグラフを見比べれば誰にでもわかる事ですが、検挙数と事故数には相関関係が見られません。一言で言えば「警察が交通違反を検挙しても違反は減らない」という事です。一方で反則金の平均納付額は1万円程度ですから、検挙数とは無関係に事故数が増減を繰り返している間にも、警察は毎年700億円~800億円の反則金を荒稼ぎした事になります。どうしてこのカネが必要なのか、どうして検挙しても事故が減らないのかについては、別記事に編集してありますが、一言でまとめるなら「交通事故数が減ると交付金額が減ってしまって警察OBの生活が支えられなくなる」という所に全ての原因があるのです。

前述のグラフではここ数年のデータがありませんが、実はここ数年は交通事故件数が減っています。何の事はありません。団塊の世代が引退して運転者数が減り、若者の貧困化で運転する若者が減ってしまったので交通事故が自然減してしまったのです。

交通事故が減って困った警察は

そこで警察が考え出した新たなドル箱が、自転車の取締り強化と講習制度です。

考えてみれば誰でもわかる事ですが、自転車に車道を走る事を促したら交通事故が増えます。歩道における歩行者と自転車の速度差よりも、車道における自転車と自動車の速度差の方が遥かに大きい上に、事故が起きた際の被害も段違いに大きくなります。今後の展開の予想は非常に容易いです。

  1. 自転車が被害者になる事故が増える
  2. 「自動車に対する取締りを強化する」と発表
  3. 理不尽な取締りが増える
  4. たまに自転車が加害者で歩行者が被害者の事故が発生する
  5. 「自転車が歩道を走るのは危険」と騒ぐ
  6. 「自転車にも免許制度や強制保険や車検制度導入を」とか言い出す
  7. どれを始めても警察と天下り先が儲かる

さて、この予想が外れる可能性はどの程度あるでしょうか?私からすれば「遅かれ早かれ」の問題でしかないと思われますが、可哀想なのは危険な車道を走行して事故に遭う自転車の人々です。こういうのが「避けられた死」だと思うのですが、警察は事故が増えても何の責任も取りません。

免許の更新講習を受けた事がある人ならわかると思いますが、あんな無意味な講習に事故防止効果などありません。自転車では「3年間に2回検挙」されると講習が義務付けられ、講習に行かないと5万円以下の罰金刑になるそうです。これも誰でもわかる話だと思うのですが、

行政処分を受けないと刑事罰?

講習は行政処分であるハズなのに、行政処分を素直に受けないと刑事罰が科されるというのは明らかに違憲ではないですか?

刑事と行政は別だからこそ、刑事処分で不起訴が出ても行政処分である免停などが無理矢理執行されるのです。免停ならば講習を受けなければお金は掛かりませんし、行政制裁金の一つである放置違反金にしても、支払わなければ車検拒否や滞納金の徴収はあり得ますが、これを拒否した場合の刑事罰は用意されていません。

それは当り前の話で、自転車の違反の場合は、違反は違反として刑事処分の流れに乗って送検されるのですから、例えば一時不停止で検挙された場合は、一時不停止について起訴・不起訴の判断が出るのです。

しかし、これを2回繰り返して講習受講通知が来て、これを無視すると5万円以下の罰金刑だと言うのですが、「カネを払って講習を受けない行為」が「道路交通法という名の特別刑法に反する犯罪行為」なのでしょうか?

犯罪とは被害者を作り出す行為か、明白な危険性がある行為のことなのですが、「講習を受けない」と誰が被害者でどのような危険があるのでしょうか?別に講習を受けなくても「もう自転車に乗らない」とかなら危険性はないハズです。

というように、どの側面から考えてもこの法令はおかしいのですが最高裁は何も言いません。立法府である国会を裁判所が監視していないのですから、三権分立など夢のまた夢ということなのです。

日本は三権分立など成立していない法律後進国なので、司法の良心など期待しても意味がない、という事を覚えておきましょう。

まとめ

  1. 実際に事故を起こした者が罪を問われないケースも多い
  2. 取締り件数と交通事故数には相関関係はない
  3. 事故が減ると交付金が減って警察は困る
  4. 事故が減ったので編み出されたのが自転車の取締り
  5. 行政処分を受けないと刑事罰になるというトンデモ

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コメント

  1. 天下り117 より:

    「ウル覚え」ではなく「うろ覚え」ですよ。

  2. 七紙774 より:

    >日本では歩行者ほど事故に気を付けないという危険な国
    同意ですね。
    日本人の歩行者は「車が避けてくれて(止まって)当たり前」「自分は守られている」「事故るわけがない」という感覚が強いと思います。

    海外だと、歩行者は信号無視をする人が多い反面、それ以上に注意を払って道路を渡っています。
    それは赤に限らず、黄色や青信号、またはその他歩行時でも同様です。
    彼らは「車がいつ突っ込んでくるか分からない」「自分の身は自分で守る」「事故ったら生活できなくなる」という意識が強いです。

    日本は弱者を保護するあまり、弱者がそれにあぐらをかいてしまっていると思います。

    • 取締り110番 より:

      欧米は自己責任の文化、ニホンは相互依存の文化だと言われていますね。

      厄介なのは最近のニホンでは、権力者に都合の良いか悪いかによって、自己責任と相互依存の文化を振り分けられている所です。生活保護に対する世論を見ると、ネトウヨを中心に「努力しなかった奴が悪い。自己責任だ」みたいな論調ですが、そこまで個人主義なら正社員でも自分の仕事が終わったらとっとと帰ればいいのです。なのに上司がまだ帰ってないとか、みんな残業してるのにとか言って付き合ってしまう部分は相互依存からくる協調圧力に屈しています。どっちでもいいからどっちかにしろと言いたいですね。

      こういう差が出てしまうのは、一神教と多神教、文明人と野蛮人の違いから来るものだと考えていますが、ここで書くと長くなるのでそのうちコラムにでも書こうかと思います。端的に言えば、ニホンの支配層は一神教野蛮人しかおらず、庶民には多神教文明人が多いので妙な事になっているのだと思いますね。

      例えば生活保護なんぞ与えるなという極論で行くなら、社会保障の為の税金もゼロにしてくれればまだマシなのですが、ニホンの間接税比率はイギリスと並んで先進国1位で、一方で福祉はアメリカと並ぶくらいの低水準なので、高負担低福祉という恐ろしい社会になっていますね。これだけ高負担なんですから、生活保護と言わず、年収400万未満の家庭には年間100万くらいのベーシックインカムを与えたっていいと思いますけどね。特別会計と天下り先をなくして米国債を売ればそのくらいのカネは出てきますし、そんなにカネが大事なら日銀を国有化すれば「政府の借金」のほとんど全てがなくなるのではないでしょうかw 消費税を廃止して貧困層にカネを配れば空前の好景気がやってきますよ。貧困層は貯金なんかしませんから。

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