「間違っている法律もある」と考えられるかどうか?

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日本人の99%は奴隷です。こんなことを言っている私も仕事や社会に縛られている奴隷に過ぎません。

不思議に思った事はないでしょうか?どうして学校では、社会ではほとんど役に立たない知識や、下手をすれば完全に間違っている知識を詰め込むのでしょうか?

どうして部活動では「先輩」と「後輩」の関係があり、先輩や先生が言ったら間違っている事でも従わなければならないのでしょうか?

日本は民主国家だという事になっていて、学校ではそう教えられますが、実際には民主的に決められている事などほとんどありません。

消費税増税とセットで法人税を減税する事に「賛成」だった国民が過半数もいるでしょうか?

消費税増税を決めた「自民党野田派」の野田佳彦が、民主党が惨敗した2012年の衆院選で「過去最高得票」で当選した事を不思議に思った事はないでしょうか?

ちょっとだけ考えてみればわかる事ですが、日本では公正な選挙など行われていません。集計ソフトの不正プログラムによって、選挙結果は予め決められています。

不正選挙2012
※この記事を書いた時の私は相当怒っていたので口調が厳しいですがご容赦下さいwここまでされて怒らない国民なら、道交法の改善など夢のまた夢ださる2012年12月16日(日)...

最近行われて都民ファシストファーストが圧勝した都議会議員選挙にしても、まだ投票箱が開票所に届く前の20時台から当確が出まくっていました。

まだ開票を始めていないのに当選が確定する事を不思議に思った事はないでしょうか?

出口調査に基づいて判断しているそうですが、出口調査の生データをマスコミが公表する事はありません。

選挙に関して言うなら、自分の投票用紙がちゃんとカウントされている事を確かめる方法が存在しないのです。そんな状態で、選挙結果が公正であると信じられるのは、奴隷かカルト信者だけです。

票を投じる者が決定するのではない。票を数える者が決定するのだ

スターリン

百歩譲って選挙が公正に行われているとしましょう。

このサイトを訪れる方の多くが疑問に思っている警察による交通違反の取締りですが、一体どのような民主的な手続きを取れば、幹線道路の制限速度を緩和したり、「自転車で幹線道路を走るという自殺行為」を違法とする事が出来るのでしょうか?

答えは「出来ない」です。

仮に道路交通法の一部を改正出来たとしても、実際の交通規制を決めるのは各都道府県の公安委員会≒警察です。

公安委員というのは天下りの名誉職のようなもので、週1回の会議に出て来て「会議したフリ」をするだけです。判子自体も実際に押しているのは警察官でしょう。

公安委員は東京都が5名で、他の道府県は3名ずつくらいしかいません。最初からちゃんと仕事をさせる気などないのです。

例えば片側3車線の見通しの良い幹線道路があるとして、そこの制限速度を実際に決めるのは地元の警察の交通規制担当です。

日本の法定速度は時代遅れの60km/hなのですから、片側2車線以上で中央分離帯があるような道路なら60km/hにするのが当然だと思われますが、実際には50km/h制限になる事が多いです。

何故なら、今の舗装道路と自動車の性能なら、そういう幹線道路は80km/h弱で走行するのが「安全かつ円滑な交通の維持」に都合が良い速度なのですから、そういう場所を敢えて50km/h制限にしておけば、次の状態になります。

ほとんど全員が違反状態になり、いつでも誰でも検挙して割高な反則金を徴収しやすくなる

上の表を見れば明らかなように、警察にとって「最も美味しい違反」は20~30km/h程度の速度超過です。

実勢速度が80km/h弱になりそうな道路なら50km/h規制にしておくのが一番ですし、酷い場所になると40km/h制限なんて場所もあります。

全ては効率的にカネを集める為の規制であり、そこには何の正義もありません。

さて、一体どのような民主的な手続きを取れば、警察の交通規制を変える事が出来るでしょうか?

答えはやはり「出来ない」です。

我々には警察官を選出する手段も、公安委員を選出する手段もありません。

当たり前の事なのに皆が忘れている事です。

交通規制のどこにも民主的な決定プロセスが存在しないのですから、交通規制は権力者によって押し付けられているタダの強制です。

もちろん、必要な交通規制もあります。

信号が無ければ交通は大混乱するでしょうし、全ての道路を制限速度無制限にしたらそれはそれで危険でしょう。

しかし、検挙されれば特別刑法犯として犯罪者扱いされる法令なのですから、交通規制については欧米のようなマジョリティルールによって決定した方が合理的です。

マジョリティルールとは、直訳すれば多数決になってしまいますが、交通規制に関して言うなら「全体の80%の人が危険だと思うラインから先を違反とする」という決定プロセスです。

法定速度の60km/hというのは、戦後間もない時代に、土の道路の上を貧弱なブレーキしか持たない車が走っていた時代に定められたものです。

今の高機能舗装道路にABS付の自動車ならば、マジョリティルールに従えば、法定速度は一般道では80km/h、高速道では130km/h程度になるでしょう。

排ガス規制によってもうすぐ消えてなくなる50ccの原付1種の制限速度は30km/hとなっていますが、あれもナンセンスな話で、あれも戦後間もない頃に本当に自転車にエンジンを付けただけの「原動機付自転車」にヘルメットなしで乗っていた時代の設定速度なのです。

ノーヘルでこれに乗って土の道を走るなら、確かに30km/h制限が妥当でしょう。

こんな自転車もどきと、今のスクーターを同列で語っている事自体が異常なのですが、警察にとっては捕まえやすくて都合が良いので、原付の制限速度を緩和しようという話はどこからも出てきません。

悪名高い神奈川県警交通機動隊の取締りの約4割が原付1種だったりするあたりにも、カネさえ集められれば渋滞も事故もどうでもよいと考えている警察のスタンスがよく表れていますね。

前置きが長くなりましたが、こうやって我々国民は、自由意思に基づく共通ルールの決定権が与えられていません。何度も言いますが民主国家ではないのです。

自由が与えられていないのですから、奴隷です。

奴隷達が自分の頭で考えるようになっては困りますから、学校では「ルールに従うこと」と「与えられた情報をひたすら暗記する事」ばかりを強制されます。

奴隷である事に気付かせない為に、下らない娯楽を流行らせて国民の注目を政治や支配構造から逸らそうとしています。

日本への原爆投下を決定した米国のトルーマン大統領の言葉として、以下のようなものが伝えられています。

猿(日本人)を『虚実の自由』という名の檻で、我々が飼うのだ。

方法は、彼らに多少の贅沢さと便利さを与えるだけで良い。

そして、スポーツ、スクリーン、セックス(3S)を解放させる。

これで、真実から目を背けさせることができる。

猿(日本人)は、我々の家畜だからだ。家畜が主人である我々のために貢献するのは、当然のことである。

そのために、我々の財産でもある家畜の肉体は、長寿にさせなければならない。

(化学物質などで)病気にさせて、しかも生かし続けるのだ。

これによって、我々は収穫を得続けるだろう。これは、勝戦国の権限でもある。

日本はアメリカから見れば、「世界一成功した植民地」です。

狭い国土に1億2千万人がひしめき、通勤地獄とサービス残業でまさに奴隷の如く働いてくれて、その利益は米国債の購入(売れませんからあげているのと同じです)・医薬品の購入・米国産のGMO食品の購入・時代遅れの兵器の購入(オスプレイなんか米国ではオワコンです)などで米国に提供されるのです。

今でも東京都と神奈川県の上空の制空権は横田基地に抑えられているため、羽田発の飛行機は直接西に飛ぶ事が出来ず、千葉沖でUターンさせられる為に30分位ロスしています。

「首都上空の制空権を持っていない国」を主権国家とは呼びませんから、日本は今でも敗戦国のままで、被占領状態のままなのです。

米国が悪いと言うのは簡単ですが、一番の問題は日本政府でも米国政府でも国際金融資本でもなく、奴隷に過ぎないのに自己正当化して奴隷から抜け出そうと抗う者をバカにしている無自覚な奴隷=ニホンジンそのものです。

ネット上では有名な、リロイ・ジョーンズの「奴隷の鎖自慢」では、現状を以下のように喝破しています。

奴隷は、奴隷の境遇に慣れ過ぎると、驚いた事に自分の足を繋いでいる鎖の自慢をお互いに始める。どっちの鎖が光ってて重そうで高価か、などと。

そして鎖に繋がれていない自由人を嘲笑さえする。だが奴隷達を繋いでいるのは実は同じたった1本の鎖に過ぎない。そして奴隷はどこまでも奴隷に過ぎない。

過去の奴隷は、自由人が力によって征服され、やむなく奴隷に身を落とした。彼らは、一部の甘やかされた特権者を除けば、奴隷になっても決してその精神の自由までをも譲り渡すことはなかった。その血族の誇り、父祖の文明の偉大さを忘れず、隙あらば逃亡し、あるいは反乱を起こして、労働に鍛え抜かれた肉体によって、肥え太った主人を血祭りにあげた。

現代の奴隷は、自ら進んで奴隷の衣服を着、首に屈辱のヒモを巻き付ける。そして、何より驚くべきことに、現代の奴隷は、自らが奴隷であることに気付いてすらいない。それどころか彼らは、奴隷であることの中に自らの 唯一の誇りを見い出しさえしている。

支配者層の統治方法が巧妙化したために、今の奴隷達は自分達が奴隷である事に気付いていないと嘆いている訳ですが、明治維新以降の日本ほど酷い奴隷国家もなかなかないでしょう。

周囲の人間を見まわした時にどうでしょうか?以下の3つの自慢をする無自覚な奴隷がやたらいませんか?

  • 寝ていない自慢
  • 食べていない自慢
  • 遅くまで働いた自慢

寝る時間がないのも、食事を取る時間がないのも、自己管理能力の欠如でしかないのですが、日本人はどういう訳からこれを自慢します。一番酷いのは3番目の「遅くまで働いた自慢」で、日本では6時間で8時間分の仕事をする人間よりも、12時間かけて8時間分の仕事をする人間の方が評価されます。

非正規雇用が増えてからは正規雇用の仕事量が増え、本来ならば人件費をかけて人を増やさなければならないのに、拝金主義が跋扈して人を増やしませんから、多過ぎる業務量を与えて過労死するまで働かせようとします。

警察は「違反は違反だ!」と言って運転手からはカネを取ろうとしますが、労働基準法違反は公然と無視して、何人も自殺者が出た電通でようやく書類送検止まりです。

ブラック企業でサービス残業をするのも構いませんが、せめて自分が奴隷であることを自覚して反撃の機会を窺いたいところですが、50年も前にリロイ・ジョーンズが嘆いた通り、今の奴隷達は

「自ら進んで奴隷の衣服を着、」=スーツを着て

「首に屈辱のヒモを巻き付ける。」=ネクタイを締める

行為をやめようとしません。

例によって話が逸れまくりましたが、私も、これを読んでいるあなたも、残念ながら奴隷に過ぎないのですから、今からでも自分に出来る事から始めて、奴隷から抜け出す為の逃走もしくは闘争の機会を窺いましょう。

「法律の方が間違っている」と発想を持てるようになるのが第一歩です。

そして、自由人ならば、間違っている法律に従う必要はありませんし、間違っている法律を糺す為に自分に出来る事から始めてみるべきです。

警察の交通違反の取締りに関して言うなら、まずは「もう二度と反則金は支払わない」というのが誰にでも出来て、かつ合法です。

私には遵法精神がありませんから、合法かどうかなどあまり関係がないのですが、合法的な方法でも抵抗は出来るという事を知っておいてもらいたいのです。

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